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建筑·城市·生活

苏联阴谋:“在西假如一个国家穿了60年秋裤,就再也没可能脱下它了。”——1953年,苏联遗传学家李森科对斯大林说的。

假如一个国家穿了60年秋裤,就再也没可能脱下它了。&&&1953年,苏联遗传学家李森科对斯大林说这句话的时候,数以亿计的秋裤没有经过任何论证,正源源不断地在中国强制推广。在西方,辫子(Chinese pig tail)、小脚(Chinese hoof)和秋裤(Chinese legging)是公认的中国三大陋习象征。可悲的是,穿秋裤并非诞生于中国漫长的封建时... 阅读全文

假如一个国家穿了60年秋裤,就再也没可能脱下它了。”——1953年,苏联遗传学家李森科对斯大林说这句话的时候,数以亿计的秋裤没有经过任何论证,正源源不断地在中国强制推广。在西方,辫子(Chinese pig tail)、小脚(Chinese hoof)和秋裤(Chinese legging)是公认的中国三大陋习象征。可悲的是,穿秋裤并非诞生于中国漫长的封建时期,而是诞生于新中国建立后,诞生于对“苏联老大哥”的盲信与言听计从中。放眼全世界,只有两个国家的人民穿着秋裤:中国和北朝鲜。

1945年,为争取苏联的支持,延安方面与苏联签订了《中苏友好同盟条约》,把外兴安岭、西伯利亚和外蒙超过150万平方公里的土地让给了苏联。虽然1949年新中国建立后,周恩来再一次像苏联保证了中国不会收回上述地区,但是由于远东地区人口稀少控制力弱,苏联领导人一直担心中国有朝一日强大起来会收复外兴安岭、西伯利亚和外蒙等地区。这种担忧和不信任,时刻像一柄达利摩斯之剑一样,悬在苏联远东的上空。1951年,蒋介石对美国记者说:“有朝一日光复大陆,我要做的第一件事就是收回外兴安岭、西伯利亚和外蒙,这对美国的战略利益同样有利,想必美国会支持的吧。”苏联更加担心有一天中国人民或是在背叛苏联的中国***指挥下,或是在光复的国民党带领下,涌入和收复远东地区。斯大林命令,必须找到一种办法,使中国永远地失去苏联远东地区。在军事威慑、外交诱惑的思路先后被斯大林否定后,1952年,苏联杰出的遗传学家李森科来到了克里姆林宫,叩响了斯大林的办公室门,献出了一条别出心裁的计策:让中国人穿上秋裤,永远失去在苏联远东地区生存的能力。

李森科是苏联遗传学界的泰斗,农业优化育种方面的专家。在四五十年代的农学研究中,李森科发现将茄子、土豆等农作物一代又一代地栽种于寒冷的气候中,农作物就会逐渐被锻炼出抗寒的遗传特性,相反,如果将农作物置于温室中,抗寒性就会越来越差,直到彻底变得弱不禁风,受不得任何低温。这就是著名的“环境导致基因改变”的获得性遗传现象。与之类似,给人穿上保暖的衬裤,人双腿和关节的抗寒性就会在几代之后丧失,变得完全无法在高纬度地区活动。李森科期望秋裤导致中国人失去在苏联远东地区生存的遗传基础,并带来体质弱化等一系列副作用,削弱中国的软实力,从而巩固苏联在远东地区的永久占领。

1953年,秋裤按照李森科的理念被设计出来,使用了棉毛混纺的布料,特别加强了保暖性,以图尽早实现弱化腿部抗寒基因的目的。第一批样品在秋明油田的所在地秋明州的毛纺工厂生产,随着“156援华工程”被移交中国,冠以“帮助中国人民培养正确的生活习惯,减少受寒感冒,增强体质”的名义,要求中国把秋裤的推广作为“一五计划”的一部分在全国范围内落实。老一辈的人有很少一部分把这种保暖衬裤按照其最初产地来源称为“秋明毛裤”,后来大部分人简称“秋裤”,忘掉了“秋明毛裤”这个最早的名字。这就是“秋裤”一词的由来。同时,为防止北朝鲜人民有朝一日收复图们江北岸等被苏联占据的领土,苏联也要求北朝鲜生产和推广秋裤。这就是为什么现在在全世界只有中国和北朝鲜两个国家的人穿秋裤。

在秋裤发明之前,全世界的人类哪怕在三九严冬,也只穿一条单裤。古代的中国人与日本人都也都穿着单层布的汉服与和服,赤足踏着木屐行走于雪地中。由此可见,即使在最寒冷的天气下,人类的双腿也不需要一层以上的布包裹,更不需要额外的保暖措施,这是从猿到人几百万年的进化历史决定的自然规律,违反自然规律终将受到惩罚。在秋裤的“溺爱”下,人体骨盆肌肉弱化,受损后恢复变慢,造成了中国人独特的产后坐月子现象。秋裤能使腿部肌肉和运动神经退化,导致足球水平的落后。而北朝鲜由于物资短缺,布料不足,秋裤比中国的单薄许多,反而使北朝鲜的足球水平高于中国。秋裤的一些长效、隐性的负面作用更是数不胜数,例如导致腿部血液循环障碍,引起静脉曲张,以及造成O形、X形腿等。这些不易察觉的效果累加起来,终于使中国人民不再适合在外兴安岭、西伯利亚和外蒙等地区生存,苏联终于实现了永久占有上述地区的目的。按照李森科的计算,只需要给三代人连续套上秋裤——大约是60年,该人群中腿部抗寒的基因就会降低到千分之一以下。1953年,斯大林不放心地询问李森科,对秋裤的效果是否有足够的信心时,李森科自信地说:“假如一个国家穿了60年秋裤,就再也没可能脱下它了。”而到现在为止,中国人民已经在毫不知情的情况下穿了58年秋裤。

为了阻止秋裤对于中华民族体质毁灭性的损害,我们必须紧急对我们的腿部抗寒性进行与秋裤保暖效果相反的受寒锻炼。腿部热量是由肌肉中的线粒体产生的,而线粒体能量转换的效率决定了腿部抗寒的特性。决定线粒体能量转换效率的基因坐落在线粒体自带的DNA中,而不在人的细胞核里,这是一个非常特殊的情况。由于下一代的线粒体100%遗传自母亲,而父亲的线粒体不能传给后代,这种独特的母系遗传决定了只有该民族的女性进行受寒锻炼才能对下一代的基因产生影响。日本早就意识到了这一点。虽然没有苏联强加的秋裤,但是为了夺回北方四岛和日俄战争中抢得的库页岛,日本人主动对本民族的女性从小就开始进行受寒锻炼,以提高整个民族的耐寒性和体质。日本的女孩一直光腿穿短裙,哪怕是在三九严冬、冰天雪地里。被锻炼出来的抗寒基因通过日本的一代又一代伟大母亲传给孩子,现在日本的腿部肌肉和运动神经已经高度发达,一个副产物就是日本足球水平的突飞猛进

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建筑·城市·生活

日本新生代建筑与艺术的大师。。。。。。。。。。。。石上纯也。。。。。。。

日本新生代建筑与艺术的大师。。。。。。。。。。。。石上纯也。。。。。。。

2011-03-12 23:41:07 石上 純也(いしがみ じゅんや、1974年(昭和49年) - )は日本の建築家。... 阅读全文

2011-03-12 23:41:07

 

 

 
         石上 純也(いしがみ じゅんや、1974年(昭和49年) - )は日本の建築家。(株)石上純也建築設計事務所主宰。日本建築学会賞、ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞など多数受賞。【翻译:石上纯也,1974年出生,日本建筑师。石上纯也建筑设计事务所创始人。曾获得日本建筑学会奖、威尼斯双年展金獅子奖等。】……………………………………………………………………………………………………略歴:   【翻译:简历】1997年 武蔵工業大学卒業。2000年 東京芸術大学大学院修士課程修了。2000年 (株)妹島和世建築設計事務所入所。2004年 (株)石上純也建築設計事務所設立。2010年 東北大学大学院非常勤講師……………………………………………………………………………………………………受賞歴:【翻译:获得奖励】2004年 住宅コンペ「つくばスタイル」 優秀賞2005年 SD Review SD賞2005年 キリンアートプロジェクト2005 キリン賞2008年 第1回六花の森Tea House Competition 優秀賞2009年 日本建築学会賞 作品賞 - 神奈川工科大学KAIT工房2010年 意大利イタリアヴェネツィア・ビエンナーレ第12回国際建築展 金獅子賞 - アーキテクチャー・アズ・エア……………………………………………………………………………………………………主な作品:【翻译:主要作品】2005年 ミラノサローネ「レクサス展の会場構成」2005年 TABLE2005年 レストランのためのテーブル2005年 low chair - 発砲スチロールのいす2005年 round table2007年 四角いふうせん2007年 リトルガーデン2007年 神奈川工科大学KAIT工房2010年 アーキテクチャー・アズ・エア……………………………………………………………………………………………………展覧会:【翻译:展览会】2005年 ミラノサローネ「LEXUS L-finesse」展2007年 東京都現代美術館 space for your future 展「四角いふうせん」2007年 箱展「リトルガーデン」2008年  イタリアヴェネチア・ビエンナーレ第11回国際建築展 日本館展示、2008年9月14日~11月23日2010年 資生堂ギャラリー 石上純也展「建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?」2010年  イタリアヴェネチア・ビエンナーレ第12回国際建築展2010年 豊田市美術館 Another scale of architecture 展2010年 TOTOギャラリー・間 「Global ENDS」展、12月~2011年2月……………………………………………………………………………………………………【来张正面照——也很帅的嘛。】    
 
        ……………………………………………………………………………………………………単著:【翻译:著作】「ちいさな図版のまとまりから建築について考えたこと」INAX出版、初版2008年9月10日……………………………………………………………………………………………………石上 純也 相关系的人物图    
 
 
        2008年代表日本参加第十一属威层斯建筑双年震曲年轻建筑师石上纯也.是个极为与众不同的建筑创作家。虽然到目前为止其建筑作品并不多,但是其跨界于艺术与建筑之间的创作手法及其琼艳的效果令人耳目一新。新一届的日本建筑评论权威——五十岚太郎将石上纯也誉为日本前卫建筑家(Pi onee)一脉,亦即继萄竹清训 伊东丰雄、妹岛和世之后的代表人物。石上纯也于东京艺术大学取得建筑硕士学位之后,2000~ 004年任职于妹岛和世建筑没计务所而从2004年始独立.成立石上纯也建筑设计事务所,石上纯也的创作手法某种程度上受伊东及妹岛的影响.而在“建筑消去”的这个模式中持续走到近乎极限的地步。在此打算借由四个案子来就“非物质性”、“狭窄与宽广”、“超巨大空间物件”、 “外部与内部”这四个他建筑创作上的关键宇来—窥其建筑创作概念上的究竟。    
 
 
         2008年国际威尼斯建筑双年展日本馆室内局部    
 
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………    
 
        超巨大餐桌Table所碰触的“非物质性”这是一张9.5M、宽2.5M、厚3MM,如同纸一样薄得桌子。这种近乎“非物质性”的薄度在普通情况之下毫无疑问是会发生挠曲的现象的,不过在进行建筑结构解析之后,事先对它施加力量来形成于顶板及桌脚只挠曲方向完全相反的曲率,使得这张桌子在放置于地板上时,得以保持完全水平与垂直的形状。此外,由于搬运到会场的通道极为狭窄,因此是在计算了弹性范围中所能够承受的弯曲曲率及那时桌子大小之后,才将它弯曲送进会场里来的。在本案中想探究的是极日常性的物件(桌子)的非日常性(极度大跨距与极细薄)表现手法所创造的空间张力,以及一张桌子如何在“室内空间”这个“基地”中展现出建筑的特质,并透过桌子的小物件配置来探讨微小场域与空间之塑造的可能性,石上表示,这个可能只被视为日常性家具的餐桌,对他来说也是一放在室内的这个“基地”中所创作出来的“建筑”。透过精密的结构分析而创造出极度扁平稀薄化的“非物质”与日常性。而超巨大桌子中央——这个人的手无法触及的地带(置有观叶植物及各种物件),则是一种将内部(桌子中央)加以外部化的手法,尝试让空间中产生内部与外部的辩证与对话。而这种非静定的时空状态,正是石上纯也建筑作品中最受人瞩目所在。(说明上面的一张图)    
 
        石上纯也的团队.以“Extreme nature”(极度自然)为名.为一种另类的建筑创作方式来对应本次的展览主题。石上将日本馆的内部完全净空、只以铅笔轻巧而优雅地绘制起建筑的画面,而在馆外盖了四个温室,并非常巨细靡遗地配植各种植物,因此具体地来说看起来极像—种景观建筑的处理方式然而这其实乃是石上纯也多采取的一个巧妙的策略。他打破了原本所谓的建筑展中都只能以图面或模型做的“非真实”展现模式.而在威尼斯日本馆外围做4个1:1的真实营造物件——温室。然而这四个温室却又有别于一般真正考虑空调设备与强固境界的那种“温室建筑物”.而刻意地将内部与外部空间暧昧化.使得原本的境界变得微弱而模糊——这是石上于本案中所做的第一个“接缝、境界的消融”。同时,在植物学者大场秀章的协助之下,在这个场域中进行大量的栽培,塑造出了宛如置身于公园中的风景。建筑与植物在此不具有原本被认定的主从关系,而相互和谐地融合在一起——这是第二个“阶级与境界上的不存在”(Seamless2),因为石上纯也并不将植物视为建筑的他者,而将它们认定为同样作为“环境之存在”的缘故。所以在石上建筑图面上的表达,埴物的描绘往往远远凌驾于建筑犍的存在,建筑物几乎完全消失,而与植物同样地与环境融合为一体。至于本展览中几乎被净化的日本馆,在石上纯也以上的操作策略下还原成了它最原初而纯净的空间状态。围绕在他周边的温室则让室外空间有了近似于室内景观的情境与气氛。于是,这个“建筑”不再拥有具体物体明确的质感,同时原本作为一种二元论的“室内、室外”的关系在此也不复存在。石上纯也这个充满了光粒子而具备透明体量温室的内部空间也促使人们意识到室外空间;而室外置放家具则让人仿佛置身室内。原本室外空间与被玻璃所包覆的华丽纤细铁件构造体之间所产生的空间彼此重叠,而出现了一种双重的暧昧风景,创造了让人得以感知的内外植物、家具、建筑、地形与环境等所有事物都是同时存在的这个自然现象的真实。综上所述,可以发现石上纯也的建筑毫无疑问地超越了一般人对于建筑作为“物”的惯性定义。石上的建筑温柔而细腻、但背后却立足于精准的技术基础之上。这样的做法拓展了建筑领域的崭新地平线、提示了一种可以更自由而烂漫的阅读的可能性。于是,潜藏于原本日常中所难以察觉的空间与建筑景致也因而得以重新被发现。“一种作为自然现象的建筑”——石上纯也透过一连串的作品发掘出的空间的无限可能,并揭开真正迈向新世纪的建筑思潮的序幕。……………………………………………………………………………………………………    
 
        石上純也さんは、建築家として、先鋭的な作品を発表し続けている。そこに一貫するテーマは、「全体形がないこと」「固定しないこと」「設計者の意図を超えている」ことなどであり、それはかつて1960年代に建築家が問題にしていたことと共通する部分もある。1960年代の建築家たちは「都市」をアナロジーの対象にしていたのに対し、石上さんは「気象」や「自然」を用いる。ここでは、その問題をフックにして1960年代の建築家の行方を参照しつつ、今後の建築家像を討議した。【翻译:石上纯也,作为一个建筑师,继续宣布一个激进的工作。还是一贯的主题,主要有这三个方面:[无形式]、[所有“不”固定的]、[超出了设计者的意图的],这个问题在从前20世纪60年代建筑师关心的问题中有部分的相同。 20世纪60年代建筑师,对于“城市”这个概念也推理过,石上纯也先生则是用[气象]、[自然]来类推。这样的话,对于这个问题,就可以间接的对照和参考20世纪60年代建筑师(在观点上)的去向,并且讨论未来的建筑师形象。】バーチャルなオブジェクトにみえるものが、ダウンロードされている藤村:石上さんは「建築と森」とか「シェルターと環境」とか「人工と自然」とか「建築と庭」とか、いろんな対立軸で建築を何かと比較をされていましたが、共通する枠組みのようなものがありますね。一つは「全体のカタチがないこと」「固定しないこと」そしてそれが「設計者の意図を超えている」こと。それを石上さんは総称して「風景」「気象」と呼んでいたわけですが、その言葉だけを聞くと、かつて1960年代に建築家が問題にしていたことと似ているようなところもあります。ただ、当時はアナロジーの対象が「都市」だったわけですね。石上さんが同じことを問題にしているんだけど、その対象が「都市」じゃなくて、「気象」や「自然」になっている。それはすごく時代を現している気がするんですが、それはなにを意味するのか。「テーブル」や「四角いふうせん」もそうだし、ベネチアビエンナーレの作品や「雨を建てる」という豊田市美術館の展示もそうですが、石上さんには「吊り下げない意思」みたいなのを感じるわけなんですね。吊っていると思ったら上に何もない、という驚きが常にあります。つまり、0.9ミリの柱が建っているということが、引っぱり材ではなく、「圧縮材である」ということに意味があるわけですよね。例えばあの現象だけをつくるのであれば、上から糸を垂らしていても同じ風景をつくれるかもしれない。ただそれだと石上さんにはなにかが足りなくて、あれが圧縮材であることが、すごく重要なんだと思うんです。それはなぜでしょうか。【翻译:】    
 
        石上:僕は建築として何かをつくろうとした時に、ある構造体に支えられているというよりは、「自立していること」が重要だと思っています。加えて、僕にとっては「全体性」、特に「外形」が重要なポイントになっています。あるシステムが単純に広がっていくというよりは、境界線があるからこそ空間を感じられると思うので、「自立」して「外形がある」ということが重要です。藤村:確かに、自立して外形があるということが石上さんの作品の根幹をなしている感じがします。確かに外形がないようで、ある。十分に広い平面だけど、輪郭が確実にある。先ほどの「吊り下げない」ということと共通するんですが、石上さんの作品の共通点は、「一見外形がないように見える」とか、「一見重量感がないように見える」ことですよね。非物質的に見える。あたかもコンピュータースクリーンでみるもののように、非物質的に見えるものが物質的に現象しているというのが、石上さんの作品に共通することだと思います。よくレガシー世代(コンピュータ導入以前の世代)の方々(笑)から「今の若者はCGばっかりで建築を考えているので、物質感とか素材感がわからなくてけしからん」という批判がしばしば聴こえるわけですが、石上さんの作品はCGみたいなオブジェクトがリテラルに現象している痛快さがあります。1990年代は真逆だったわけです。当時は、例えば「バーチャルモール」などといって、コンピューターのスクリーンの中でどう本物の商店街を模倣するか、という研究が進んでいましたが、ゼロ年代(2000年代)はリアルな空間の物質性をどう情報的に読み替えていくか、という流れになりました。例えばIKEAの店舗は、見方によっては、ネットのブラウザみたいに検索する空間と、ブラウズする空間が2階建てになっています。一部のスーパーマーケットや量販店などでは、まるでデスクトップみたいにサインが平面的に並び、一望できるように設計されています。情報空間の動きをそのまま置き換えたようにリアル空間が再編成されています。【翻译:】    
 
        建築をゼロから構築する藤村:名和晃平さんのアートの作品を見ていても同じ方向性を感じます。実際に名和さんの場合には「ダウンロードする」と表現されていますが、自らをコンピュータ・プログラムのように規定して作品を制作されています。石上さんの作品もコンピューター的、情報的に見えるオブジェクトを名和さん風にいえば「ダウンロード」している感じもありますが、そのような情報的なるものに対して、どのように感じていらっしゃいますか。石上:建築は変化のスピードも遅く、ずっと残っていくものなので、コンピューターや携帯電話のような電子機器とは全く違うものだと思っています。そういうものに対抗するようなものは、たぶんつくれないと思うんです。ただそれが同時に建築の新しさに繋がると思っています。それは建築を一つ一つ構築していくことです。モダニズムの言語のような古典的な言語に則るのではなく、もっと自由に、建築をゼロから構築するということを真剣に考えるために、構築性の限界を考えてみたり、空間として成り立つか成り立たないかという境界を考えてみたいと思っています。藤村 なるほど。90年代の情報環境とかコンピューターが出て来た時に、建築家の反応はいろいろ分かれたわけですが、一番の反応は結局建築にしかできないことは重力やマテリアル、スケールである、ということからマテリアルに走っていく人もいる中で、石上さんは重量感がなかったり抽象的だったり、別の言い方をすれば数学的だったり、ある意味情報的なところがある気がしていて、それが特徴だと思うんですね。そのときに、どういう経緯でそういう抽象的な建築観みたいなものが生成されてきたのでしょう。石上さんの芸大時代の修士制作の発表のシーンを覚えていますが、石上さんは「真夜中の海の中に潜っている時に、上から光が差し込んでいて、魚の腹がぎらっと光る感じ」とか言っていたんですね(笑)。石上:かなり脚色してる感じはしますが(笑)。藤村:その頃からやはり空間を現象的なもので構築していく意思はあったと思うのですが、その後、どういう影響を受けましたか。石上:一つ一つの作品は僕の内側から出て来たというよりは、いろんな条件の中で出てくることが多いです。例えば、「テーブル」で鉄板をくるくる丸めるっていうのも搬入経路が狭かったので、そこを通すための一つのアイデアとして、極端なキャンバーをつけるということになっていたった部分もあります。そういう具体的なところを突き詰めていくということが建築のリアリティとして重要なのかなと思います。【翻译:】    
 
        「大学と美術館」という枠組み藤村:名和さん風にいえば「バーチャルなオブジェクトがリアルな空間にダウンロードされていく」時に、例えばエレベーターの大きさとかコストなど、物理的、制度的な条件が出てきます。その問題が顕著に表れたのはベニス・ビエンナーレに出展された「Architecture as Air」だったのではないかと思います。あの作品はオープンした直後に壊れてしまったことによって、様々な議論を生みました。別のいい方をすれば「ダウンロードできませんでした」というエラーが出たようなものだと思うんですね。そういう意味で、バーチャルとリアルの境界線にある作品だったと思うんですが、石上さんはあの崩壊についてどのように整理されていますか。石上:非常に残念でした。もちろん、僕自身としては多くの人に見ていただきたかったので。飛行機に乗る直前に壊れたという連絡が来たので、飛行機の中でベネチアに着くのが嫌なくらい落ち込んでいました。もう少し管理されている会場だったら、きちんと見せられたと思います。藤村:壊れることが表現になってしまうのは、一種のラディカリズムになってしまい、石上さんにとってそれはもちろん望ましいことではありません。少しこの問題を引いて考えたいのですが、1960年代で言えば、片方に都市計画プロジェクトをどんどん実現してしまうメタボリストの建築家たちがいて、片方にラディカリストのアーティストである磯崎新がいて、当時の設定だとビルド、アンビルドということになるわけです。石上さんは冒頭でアーキテクトとして建築をやっていると宣言されていますが、石上さんの作品を拝見してふと気がつくのは、石上さんの作品が産み落とされる先、「ダウンロード」されている先がギャラリーや大学や美術館など、よく管理されている場所に限定されている印象もあります。今日豊田市美術館に伺ったんですけど、どの展示室に行っても警備員の人がいて、こっから先は入らないで、こうご覧になってくださいといろいろガイドがあるわけなんですが、もちろんそれは作品の性質上そういうことはあってしかるべきなんですが、なにか特殊な囲いのなかで辛うじてダウンロードされているような感じも受けました。石上さんのなかではそれをどのように思っていますか。本当はいろんなコンテクストが欲しいと思っているのか、自分の追求しているものはむしろその特定のコンテクストを必要としているのか。石上:基本的にはその場所に合ったものをつくるべきだと思っています。何か抽象的な概念からダウンロードされたものというよりは、その土地とか場所に必然的にあらわれてくるものとしてあってほしいと思います。ベネチアは不確定要素が多すぎて考察に入っていなかったところもありますが、住宅にしても、老人ホームにしても、実際そこにつくられるべくしてつくられる建物であることは重要です。【翻译:】    
 
        藤村:そうすると、石上さんは自分の作品はもっといろんな場所につくられたいと思っていらっしゃるということでしょうか。石上:まあ機会があれば(笑)。藤村:そういう意味で、最後のグループホームの展開などは大変興味深いところですが、1960年代のアメリカの建築家がたどった道というのは、ラディカルさを追求した結果、大学と美術館にクライアントが限定されていくパターンですね。カーンもそうだし、ベンチューリもそう。アメリカの社会が極端に消費社会化したこととも連動しますが、ラディカルなものが大学と美術館のようなよりよく管理された場所で辛うじて成立するようになると、それはアートピースになってしまって、複雑な問題を解決するアーキテクトの定義とはかけ離れてしまう危険もあります。近ごろは「建築家とアーティストの差がなくなっている」と言われるようになり、石上さんの状況はその最先端という感じもします。アーキテクトとアーティストの差は何かという問いはある意味では古典的ですが、フランク・ゲーリーは「彫刻には窓がなく、建築には窓がある」と言っていたわけですが、石上さんはその状況をどのように考えていらっしゃいますか。最初に「テーブル」という作品をふたつ発表された頃、建築作品としての「レストランのためのテーブル」はぎりぎり使える、アート作品としての「テーブルはぎりぎり使えない、と明快に区別されていました。今はもっとぎりぎりのところを攻められていますね。石上:アートのなかには住めないですし、逆に建築をアートのように眺めることもできないので、アートが求められる場所ではアートをつくるべきですし、建築が求められる場所では建築をつくるべきで、必要とされるものが場所によって違うと思うんです。ゲーリーの建築はたくさん見たわけではないですが、グッゲンハイムはものすごく空間的ですし、初期のトレドにあるものも単なる造形を超えて、新しい空間の質のようなものをつくっている気がします。そういう意味でゲーリーはアーティストというより建築家だと思いますが、つくるものの違いは使う目的によって分かれてきますし、そこのカテゴリは混ぜてはいけない気がします。アートか、ポリティックスか藤村:ゲーリーは現代美術の領域からやって来て、アメリカで建築を始めて、世界中で建築をつくるようになったわけですが、ゲーリーが「ビルバオ」をつくってから、いわゆるアイコニック・アーキテクチャーが流行しました。ビルバオのような、お金はあるけど特色がないとされてきた工業都市にも、建築ひとつで観光客がたくさん来たことは、建築の効果だとされました。ただ、そのように建築の社会的な効果が認識され、たくさんの作品を生むきっかけにはなったことは喜ばしいことですが、結果的に建築が都市間競争に勝つための政治の道具になってしまったわけですよね。建築家がどういう領域と手を結んでいくかは建築家にとっていろんな問題をはらんでいます。アートに向かっていく人もいれば、ポリティックスに向かっていく人もいる。それは人によってそれぞれなわけですが、石上さんの今後を考えた時に、次の一手はありますか。もちろん今は、建築というベースをもとにアートと接触もされていますが、ポリティクスやエコノミクスについてはどのように考えていらっしゃいますか。【翻译:】    
 
        石上:建築をつくるから、ポリティクスやエコノミクスも重要だと思うし、ゲーリーのようにアイコンになれるのはある意味で幸せだと思うんですよ。東京でゲーリーのような建築が成立するかと言ったら成立しないと思います。ヨーロッパでは化石のような環境のなかに現代建築をつくるからものすごく事件になるわけだし、それによって波及する効果は大きいわけで、それにある役割を果たしていることは重要です。ただ僕たちが東京で建築をつくろうと思った時に、ああいうことをやったら数あるイベントの一つになってしまうような気がします。藤村:おっしゃる通り、欧米の建築家であればポリティクスと繋がって、建築家が社会にプレゼンスを発揮するというコースがあるわけなんですが、日本では単なるイベントとして消費されてしまいます。日本で一番有名な建築家に丹下健三をあげることもできますが、丹下健三よりも岡本太郎のほうが有名で、もっとも有名だった建築家は見方を変えれば田中角栄だったとも言えると思うんですね。アートによれば岡本太郎で、ポリティックスによれば田中角栄で、丹下健三はそのどちらにも負けているわけです。それはすごい日本的な状況で、僕たち建築家がこの先に建築が社会に必要とされるモデルを考えるなら、そのふたりのあり方を突き抜ける戦略がないといけない状況があると思うんですが、石上さんはそういう戦略は考えていらっしゃいますか。石上:そんなに大それたことは考えてないんですが(笑)。こつこつ作っていきたいと思います(笑)。藤村:風呂敷を広げすぎましたね(笑)。今日改めて思ったことは、石上さんがすごくゼロ年代的な条件を備えていらっしゃる作家だなということです。ゼロ年代的条件というのは、一つにはグローバルな状況のなかで、アートや建築やポリティックスやエコノミクスの枠組みが変わってきているということ。そのなかで新しい作家像をつくることがこの時代に生きている作家にとっての共通の課題なわけですが、その新しい枠組みの先端で先鋭的な作品をつくり続けていらっしゃる。それに加えて今日、発見だったのは、石上さんの問題意識が1960年代の建築家たちのそれと繋がるということです。でも全く同じということではなくて、1960年代は「都市」というメタファーだったのが「気象」というメタファーに変わっている。端的にその間に我々が手にしたことは情報環境なのですが、社会的に、より膨大な情報を扱うようになったということがポイントかなと思います。石上さんは超高層ビルを建てたいと時々おっしゃっています。60年代の建築家、つまり丹下健三やメタボリスト達はそれぞれ世界的に活躍しわけですが、彼らをもってしても、超高層を建てた建築家はわずかだったわけですね。丹下さんは建てたけど、磯崎さんは建ててないし、菊竹さんも建ててないですし、黒川さんもほとんど建てられなかった。だから決して道は平坦でないと思います。もし我々が超高層ビルのようなものを建てるとするならば、先ほどの岡本太郎モデル/田中角栄モデルに匹敵するような、特別なストーリーが必要なのだと思います。そのことについて、機会があればまた討議させて頂ければと思います。2010年10月2日 大阪・名村造船所跡地にて【翻译:】……………………………………………………………………………………………………理念1:地平線をつくる大気が地球の表面を覆うように、そのくらい繊細で薄く平たく広がって行くような建築を考えてみる。大気と地表がつくりだす空間のプロポーションはどこまでも広く、どこまでも薄い。それが風景のプロポーションだ。広大なレースが大地に敷かれ、その間にあたらしい環境が生まれる。【翻译:要试想像大气层履盖于地表那样,构建纤细平薄而宽广的建筑。空气和地表相隔着的空间比例(身体的比例)是如此的宽广,如此的薄。那样的比例呀。广阔的钩织的东西铺在大地上,是如此的轻薄,那是另一个新环境。】    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………理念2:「森と建築のあいだ」神奈川工科大学KAIT工房「森と建築のあいだ scale=1/50」神奈川工科大学KAIT工房(厚木市)2008年学生が自由に使える多目的な工房。壁はいっさいない。構造的にも計画的にも305本の柱のみで成り立っている。すべての柱は、プロポーションや方向がすべて異なっている。2000㎡のワンルームであるけれど、それぞれの場所によってまったく異なる2000㎡の空間を感じることになる。一歩進むごとに、大きなワンルームの空間が万華鏡のように移り変わっていく。建築を空間構成によって計画していくというよりは、ランドスケープをつくるように、あるいは、森をつくるように、あいまいさと計画性とを同時に実現するように考えた。ひとは、この建物のなかで、さまざまな道を歩き回り、さまざまな空間を発見する。【翻译:这个是学生都可以自由支配的工房。完全没墙壁。结构上也计划的也305个柱子组成的。滑动的柱子,比例、滑动的方向都是不同的。虽然同是2000㎡的房间,但是这个地方的2000㎡感觉完全不同别的空间。进一步看,大的房间的空间像万花筒一样发生着变化。建筑这样的建筑要有很好的空间构成的规划、ランドスケープをつくるように、或者、在建造这个时候,不确定性和明确的规划性可以一起考虑。关于人,在这个建筑中、各种各样来回的行为、也可以发现各种这样的空间形态。】    
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………理念3:空に住む広大な地球環境と同じくらいのスケールで、既存の環境に溶け込むような、広大で密度が極端に希薄な都市を考える。環境の多様性がそのまま、生活の多様性につながっていくような街。一つひとつの建物は、僕たちの日常のスケールと地球環境のスケールを同時にあわせもつプロポーション。たとえば、床の大きさに対してすごく階高の高い積層建築。空のなかにいるような開放性。上の階に行くと、まったく違った景色が広がる。一般的な積層建築と同様、フロアが反復してるにもかかわらず、それぞれの階はまったく異なる環境をもつ。まったく異なる環境が集積した建築では、各階で風景が変わり、天気も変わり、気象も変わる。【翻译:我希望,在几乎整个地球范围内的极少部分地方修建与当地气息相容的都市。(我希望有个和广袤的地球差不多规模,像是融入现有的环境的那种宽广且密度很稀的都市。)《上面一句两种翻译,不知道哪个更适合,所以都写出来。》环境的多样性的状态下,也存在生活的多样性一样的街道。关于每个建筑物,都共同拥有着我们日常生活和地球环境相同的尺寸。例如:地面的大小是相对应的高层建筑。是为了再空中有相应的开放性。在上面行走,会看到完全不同的景色。一般的高层建筑也一样,可以一层层的,但是每一层要有一定区别。 完全不同环境集成的建筑,  每一层,风景发生变化,天气也发生变化,气候也会有所改变。】    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………理念4:雲を積層する蟻の世界くらいのスケールになると、草や葉や花などの植物も構造体として感じられるのだと思う。蟻の大きさは全長3mmくらいで、雲の粒の大きさは直径0.01mmくらい。この模型の中を人間が歩く感じは、蟻が雲の上を歩く感じと同じかもしれない。薄く平たい板状の雲を積層するように。建築が、構造体も含めて、自然現象に近いスケール感になることを考えてみる。【翻译:按照蚂蚁的大小比例,将自己置身于蚂蚁的视角中,能够身临其境的感受到花草树叶等这些植物的构造。甚至自然现象,也应该相应的被感受成固定的构造体。雨滴之类的、肯定也会被想成炮弹。蚂蚁的大小全长3毫米左右,云的粒的大小为直径0.01毫米左右。在这个模型中人们移动可能就感觉是蚂蚁在云层上面行动吧。这个模型比例是1:1000、是这样的比例感受关系。(人的大小):(这个建筑物地板的厚度)=(蚂蚁的大小):(云粒的大小)总之。在这个模型中,人在地板上行走和蚂蚁在云上行走的比例是基本一致的。我们试着考虑这种尺度的感受的建筑。正如将扁平,板状的云堆积起来这种做法所反映出的这样。这个建筑所试图考虑到的是,将包括物体的构造在内的所有要素的尺寸感,近似逼真与自然现象。】    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………理念5:雨を建てる圧縮材である柱の太さは、0.9mm,引張材であるワイヤーの太さは0.02mm【翻译:压缩的柱子的粗细是0.9 mm,拉伸的驱动线的粗细能有0.02 mm】    
 
 
 
 
 
        壁には「雨を建てる」のための繊細なドローイング【翻译:】    
 
        ……………………………………………………………………………………………………理念6:「little gardens」2007-2008年    
 
 
 
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        tableキリンアートプロジェクト2005に出品したテーブル。小さな建築をつくるように大きなテーブルをつくった。設置前の天板はこぶたのしっぽのようにまるまっていて、脚はバナナのようにそっている.曲率などは構造解析をして決めている。 9.5m×2.6m×1.1mの大きなテーブル。厚みは3mmで薄い紙のようにやわらかい。しかし、ピンとかたちを保っているし、食事まではできないが、ちょっとしたことになら使える。すこし、さわると、天板は水面に波紋が広がるように波打つ.液体のようにもみえて、そこにのっている静物が浮いているようでもある.その水面のような天板に茶器をならべて、お茶でも飲めたらいいなあと思っている。2006年にはバーゼルのアートフェアーにも出品している。 ……………………………………………………………………………………………………    
 
 
 
        レストランのためのテーブルレストランの内装空間を頼まれた。内装自体はほとんど手を付けずに、単に、大きなテーブルで部屋を満たした。テーブルは普通ではあり得ないくらい、大きくて薄いプロボーション。そういうものが、部屋の中に普通にある。気に止めないと気にならないが、気が付けば空間全体のスケール感が一気に変わる。……………………………………………………………………………………………………    
 
 
        神奈川工科大学の工房ものつくりやミーティングなど、多様な機能が求められていたので、完成後もいろいろつかえる空間になるよう壁のない大空間に無数の細くて薄い柱を立てることにした。とにかく、空間の「曖昧さ」について、突き詰めたいと思っている。星空のような点の集まりでできているプランなので、プランを考えるというよりは、星座を見つけるように、星空のなかに図象をさがしていくのに近いのかもしれない。「プランを考える」というと、どこまでいってもその恣意性のようなものから逃れられない気がするが、「点を書いてさらに、その点の集まりがどのような意味があるのかながめて探す」というような感じなので、つくり出すことと、もともとそこにあるものの中間的なことで空間をつくるようにかんがえている。 ……………………………………………………………………………………………………     
 
 
 
        tepco住宅プロジェクト東京電力が主催する、「新しいライフスタイル」を提案する住宅の実施プロジェクト。単身者のための住宅。都市の中にたつ別荘とはどのようなものかを考えている。 ……………………………………………………………………………………………………      
 
 
 
        tepco住宅プロジェクト東京電力が主催する、「新しいライフスタイル」を提案する住宅の実施プロジェクト。単身者のための住宅。都市の中にたつ別荘とはどのようなものかを考えている。 ……………………………………………………………………………………………………    
 
 
        森と別荘のある家若い夫婦のための住宅。敷地はどこにでもあるような住宅街の一角にある。自分の家の庭に、大きなイチョウの木やケヤキの木があるのはきっと気持ちがいい。大木をたくさん植えるためになるべく小さなプランで、なるべく高い家にした。六畳くらいの大きさで、11階建。工レヘータはない。住宅のスケールでは、家の中に遠くて普段は行かないところはなかなかないから、そういう遠い場所かあったらいいと思った。日常生活は、下のほうの階で完結できる。たまに、気が向いたときに、登りたいところまで登る。上のほうの階には、植物のあるバルコニーや書斎、すごく天井が高くて見晴らしのいいもう1つの風呂や寝室がある。大木をいろんな高さで眺めて暮らす。上のほうの階は、たまに行く別荘のような感じ。ただ、どこからどこか別荘で、どこからどこが普段生活する家というわけではない。なんとなく、気分によって決まる。……………………………………………………………………………………………………       
 
 
        長屋のちいさな庭ちいさな長屋の住宅のプロジェクト。住宅の内部空間のほとんどは、ガラスの屋根がある庭のような空間。生活のほとんどは、この庭の中で行われる。その屋内庭のなかに小さな家が建つ。……………………………………………………………………………………………………石上純也   ここ十年ほどだろうか、建築界では、建築のその建築らしさを最大限消し去ろうという方向性が、ひとつの主流となっていて、だからレム・クールハースも、SANAAも、そしてフランク・O・ゲーリーも、それぞれの個性や方法を超えて、建築の消去というコンセプトにおいては、共通していると言えるだろう。そしてSANAAの元所員、石上純也は、建築の消去というモードの、行き得るギリギリのところにまで踏み込もうとしつつある若き建築家である。未だ実作はないにもかかわらず、すでに、若き建築学生たちにとっては、石上純也は、あこがれの的となっているらしい。たしかにとても新鮮ではある。「外部と内部」「非物質性」「狭さと広さ」「大きいテーブル」、という四つのキーワードによって集約しつつ、彼の建築コンセプトを、考えることは、可能なのではないだろうか。<外部と内部> 華麗に物質を操り、理想の内部を練り上げる、という建築イメージとは、石上純也が抱く建築イメージは、まったく隔たっているし、あるいは、内部と外部を、上手に組み合わせるという、いかにも優等生的な、斬新な方法が、石上のスケッチに、読まれ得る、というわけでもない。石上の関心は、常に、外部空間にあるのだが、しかしそれは、内部の外としての外部ではなく(内部に従属し、内部を活性化させる外部ではなくて)、むしろ内部を包み込み、内部に先行する、絶対的な位相としての、外部なのである。だから石上においては、「内部と外部」というよりも、「外部と内部」と言うことのほうが、おそらく正しいと言うべきだろう。非人間的な、自然そのものである外部を、物質によって遮断し、人が住み得る、文化的内部空間を作るための、建築術、ということではなくて、むしろ反対に、より生に近い形で、外部を、生活の場として、ギリギリ間近にまで、引き寄せるための建築術、それが石上においての、建築術の、駆使し方なのである。<狭さと広さ> したがって石上が描くスケッチの、その住空間において、より広い外部と、必要最小限の広さの内部という、組み合わせが、顕著に見られることになる。「長屋の小さな庭」というプランにおいては、半外部たるガラスに囲まれた「庭」で生活のほとんどがなされるという、いわば「外部」が主であり、内部が従であるような、完全にひっくり返った、建築イメージが、描かれている。 あるいは「森と別荘のある家」というプランでは、六畳ほどの広さの部屋を、(エレベーターなしで)十一層重ねるという、あまりにも大胆なアイデアを描き、「日常生活は下のほうで完結し」「気が向いたら、昇りたいところまで登る」、と、石上はその自作について説明している。つまりそれは「上の階は、たまに行く別荘みたいな感じ」ということであり、だから「森と別荘のある家」というプランでは、不自然なまでに高過ぎることによって、その内部(上の階)すら、外部的なもの(別荘みたいな感じ)ということになっているのである。むろん六畳間程度の広さの部屋を、ただ重ねるだけなので、建物の面積は、必要最小限に、おさえられてもいて、したがって外部空間(庭)は、最大限に広い場所として残される、ということにもなる。「自分の家の庭に、大きなイチョウの木やケヤキの木があるのはきっと気持ちいい。大木をたくさん植えるためになるべく小さなプランで、なるべく高い家にした」「上のほうの階には、植物のあるバルコニーや書斎、すごく天井が高くて見晴らしのいいもう一つの風呂や寝室がある。大木をいろんな高さで眺めて暮らす。」外部を、外部のままで、しかしぎりぎりまで、内的なものに変換する、そのための特異な方法が、このプランには、読み取ることができるのである。<大きいテーブル> そのように考えると、石上純也がこだわる、「大きいテーブル」が意味するところも、おのずと見えてくるだろう。彼が、キリンアートプロジェクト2005に出品した、「table」という作品では、「小さい建築を作るように、大きいテーブルを作った。」、と、説明している。つまりこの説明は、大きいテーブルとは、内部に仮設された、外部である、ということとして、読まれるべきなのだ。なぜなら大きいテーブルの(大き過ぎるテーブルの)、その中央とは、人によってでは、手の届かすことができない、「向こう側」であり、そしてその上には、さまざまな生活用品・観葉植物などが、たくさん並べられているのであり、したがって、そのテーブルの上とは、人が踏みいることのできない/直接関わることのできない、外的な生活圏であり、だからそれこそ、十一階の部屋から眺められた、自邸の庭のように、ギリギリに内的となった外部として、この大き過ぎるテーブルは、部屋の中に、存在しているのであり、したがって、内化された庭が、住空間であるのと同様に、外化された大きいテーブルも、ひとつの「小さな家」として(石上的脈絡においては)読み得る、ということなのである。しかしテーブルの上という外部とは、庭を内化するのとは反対に、内部を(テーブルの中央という内部を)外化しているのであって、だからこのふたつの手法は、まったく対照的ではあるけれど、しかしぎりぎり間近にまで引き寄せられけた外部を創ろうとしているという点では、どちらともに、同一である、とは、いえるのである。<非物質性> 内化された外部、もしくは外化された内部こそが、石上にとっての建築だとするならば、内部と外部の区切りを、ひたすら明解にしてしまう、豊かな物質性は、石上にとっては、方法的に、邪魔となる他ないだろう。たしかに、十一階からみられた、家の庭は、その建物の物質性が、豊かであろうと、ストイックであろうとも、距離そのもの/見晴らしそのものは、変わりはしないが、しかし問題は、見晴らしそのものだけではなくて、その内部と外部との、関係性の、その質こそが、ことの本質にほかならないのである。内部が、内部として、極度に安定的に在ってはならず、むしろそこは、かろうじて、内部である、という危うい内部として、広い庭と、関わることが、石上のプランの本質となっているのである。だからたとえば、「森と別荘のある家」の、その内部を、上下に貫いている、十一階まで続く階段は、狭い六畳程度の部屋に、存在してしまう、外部的なものとして(やや邪魔なものとして)、内部に在り、だからそのワンフロアーごとの、その空間は、階段という外部に浸食された、それだけでも、危うい内部となっているのであり、そして外と内を隔てる、その物質性も、極めてミニマム形であり、そしておそらくは、その外皮は、なるべく薄く、なるべく軽やかなものが、ここでは、イメージされているのだろう(と、思われる)。つまり「森と別荘のある家」の、生活し得る場は、内なる外部(階段)と、外なる内部(広い庭)と、その間に挟まれ、しかもそのどちらともに対しても、危うく関わる、ギリギリの生き得る場、と、なっているのである。<ホームレス的、超ホーム> 以上の四つのキーワードから、見えてくるのは、ホームレス的とも言うべき、外部にギリギリまでさらされた、(段ボールという素材や、橋の下という位相によって、かろうじて作られているような)ギリギリの生き得る場、という空間イメージである。つまり石上純也が、提出する、その建築イメージの、その空間的位相は、きわめて貧相な、ホームレス的なものとなっている、そしてそれこそが、石上純也によって、(方法的に)意図されてはいるのである、しかし一方、(貧相でしかない、その「空間的位相」とは、別次元の)「時間的ダイナミズム」という側面からみてみると、それは、ホームレス的というよりも、むしろ超ホーム的な、つまり家という機能性をはるかに逸脱した、過剰な「時間的ダイナミズム」が、石上純也によっては、意図されてもいるのである(なるべく高く伸びようとするとする軸と、なるべく外部を、広げようとする指向性と、さらには、内部を外化し、外部を内化することによって、敷地内の、時間的ダイナミズムは、一個の住宅において、きわめて、超ホーム的となっているのである)。 たとえば町で見かける、公園や河原などで、それなりの広さの、それなりの敷地が、そこにあるはずなのに、なぜか寂れてしまっていたり、いきいきしていないという光景は、よく見かけられることではある、しかしそれは、空間が生きていないという現象ではあるけれど、しかし空間が生きていないのは、生きた時間が、そこには流れていないということが、原因として、生じているのである。つまり空間を生かす、時間的ダイナミズムが、その寂れた空き地では、あまりにも弱々しくなっている、ということなのである、したがっていくら空間的位相を、豊にしたところで/物質を集積したところで、ひとが集まらないことには変わりは無い、ということにも、なりえるのである。つまり石上純也が、意図するところとは、時間的ダイナミズムを、敷地一杯に、機能させ、そしてその敷地のすべてを、生きた場所としてしまうということであり、だからそれこそ、自らの敷地の庭で(わざわざ)野宿してもおかしくないほどに、敷地一杯が、時間的に、生きていること、それこそが、石上の、理想とするところでなのである。「神」とか「芸術」とか「国家」とか、あるいは「家族」とか、それらもろもろのなにかしらの一般概念こそが、建築のその在り方を(デザインの質/コンセプトを)正当化するための、根拠となり続けてきた。しかし空間的位相がきわめて貧相な、石上純也のプランにおいては、「神」も「国家」も「芸術」も、あるいは「家族」すらも、入り込む余地はないのだ。だから、ただただ、時間的ダイナミズムの中に漂う、その住人の、具体的な在り方のみが、石上純也の建築を、正当化する、根拠となるのである、(なぜなら、その場に、人がいる限りで、時間的ダイナミズムは、はじめて具体化するのである。だからその場の人の存在こそが、「石上建築」を「石上建築」としているのである)、したがってそのような意味で、それこそ、デュシャンが、一個の便器を、作品として、具体的な受け手に、ゆだねてしまったように(一個の大量生産品たる便器は、相手が、それを、作品として、受け入れた限りで、そのときはじめて作品と成るのである。そのことと同様に)、石上純也も、一般概念を介することを極力避けつつ、直接的に、住人に、建築をゆだね、そしてそれが、生きられた限りで、そのときそれは建築として在る、と、そのような建築の在り方を、目指し、実現したのである。そしてこのような意味においてこそ、石上純也の建築思想こそが、建築の消去という「ニューモード」の極北、と、位置づけられるべき、所以なのである。……………………………………………………………………………………………………石上纯也的作品:山本耀司    
 
 
 
 
 
 
        曼哈顿的西村没有东村有名,但这里却是同性恋人的麦加,著名的石墙(stone wall)骚乱就发生在这里,这场骚乱让美国的同性恋从非法走进了合法。现在,纽约每年声势浩荡的同性恋游行就是为了纪念这一天。而西村,则依然以群聚着大量衣着光鲜时尚、怪异的同性恋而著称。石上纯也在纽约的第一栋建筑就坐落在西村著名的13街上,是著名服装设计师山本耀司在纽约的第二家旗舰店。  独立无二 却保留原有建筑的落魄感想要保留这个地段上原有建筑的落魄感,但同时又表现出他品牌独有的高雅,是山本耀司希望实现的设计感觉。所以从外部看去,原有建筑的契型结构、红色的砖块,以及玻璃窗户的形状都是从原有建筑上保留下了的。曼哈顿寸土寸金,建筑师们总是想尽办法地利用店面的面积,但是石上则令人惊奇地选择了减少了面积。坐落在路口的交界处,房子的一端汇集到了一点,在另端石上则空出一片契型的入口。这样整个店子就被一分为二,左边大概是120平米的展示厅,右边是50平米的仓库。 石上说,对我而言这里最大的挑战是将一栋旧房子转变成一座崭新的建筑。“我将房子的一端去掉就是因为,这座房屋相连的城市里几乎没有一栋独立的建筑。”而在建筑前端的水泥地上,可以看到由红色的砖块铺出的小三角形,那也是对原本建筑细微至极地一种尊重。假象消失的空间距离巨大的玻璃窗户,没有任何框架,直接镶嵌在墙里,交接处都是玻璃与玻璃结合,给人一种非常锋利的感觉。过往的行人可以透过整个商店看到另一街道的行人,或者玻璃上反射出的身后建筑,或者看到镜子里的自己。石上纯也再次用最暴露的玻璃,将里和外,衣服和城市融合在一起,给人一种亲密的假象。          石上纯也石上也曾坦然说:他要创造的是界限极其模糊的空间,而不是像密斯那样具有普遍特征的空间。石上又在试图是最大限度的模糊这种空间距离。 很多人都从这里经过,常常是绕着玻璃往里看一圈,如果不是看重哪件衣服,根本也不需要进去就已经能看个大概。但是,当我踏进去时,听着静静地音乐,突然感觉自己像是置身在一个巨大的旋转展示台上,店子里悬挂的每一件衣服似乎也和我之间有了一种无可言喻的关系——我们都是鱼缸里的鱼。里面,细细地衣架没有任何支撑,如同从地板上长出来一样。中间散放着两三个圆桌,典型的石上家居风格,扁平的纯白,细细地支撑。角落里一张小小的茶几和两个座椅,放着山本耀司最新季的时装设计。坐下来,墙刚好掩住,似乎又与外界完全隔离开了。来自: roy approach to architecture(节选) 西泽立卫&石上纯也 2008年11月1日,于日本《新建筑》杂志社/撰文:《新建筑》编辑部 都市和建筑 西泽:石上先生的“山本耀司纽约Gansevoort街专卖店”最近很红啊。好几次听人说起在纽约的那个店,我前段时间也特意跑去参观了一下,外观很漂亮啊,和街区也很协调。把室内设计拓展到城市层面,创造性地融为一体。这个房子有一种超越了建筑、室内和都市,总之非常出彩的精神。 石上:我当时觉得纽约建筑的外形是能说话的。相对日本的街道什么形状好像对都市没有太大影响,纽约不管是超高层还是地层都被统一在方格网的道路里面,任何建筑都是以街区为单位聚集的。基于这个印象,我在思考这样的场所有什么可能性的时候,就想要么做外形,要么单体独立于街区建筑群,要么找出基地关系再创造出新的空间和环境。 西泽:确实纽约和东京的城市环境很不一样,做出来的房子也不一样啊。不仅纽约,在欧洲的街道上也有类似的感觉。欧洲的建筑和城市再新也觉得有古典气质。 石上:我也这么觉得。 西泽:日本当然历史也很悠久,那种有古意的东西在现代建筑里出现也不觉得奇怪,不过就是没有啊。没有什么能让你感叹“啊,这个真的是很老”。要说东京在很多意义上存在不少问题,其中一个就是在东京做建筑,外形不会让人觉得很具有创造性。像扎哈·哈迪德和盖里在欧洲盖房子,马上就成为城市里的大事,被批判或被讨论。而他们到东京来做些奇怪形状的房子最终给人感觉不过很商业。那些外形和建筑并没有成为城市财产的一部分。 石上:是啊。欧洲的城市有很强的结构性,盖里那样的东西能在城市肌理上凸现出来,而东京这个城市是建筑的集合体,什么都被吞没在其无序中。 西泽:东京没有都市的感觉啊。说到都市的话,像景观啊…… 石上:在东京做建筑比在欧洲做建筑还要难。欧洲的城市有明确的肌理,可以选择延续还是打破这种肌理。像盖里的“毕尔巴鄂古根海姆美术馆”等,就是作为纪念物存在的,周边的老街道就作为另一种东西维持原样。在东京建一个新建筑,怎么做都觉得被周围环境吃掉了,没有选择的余地。这个可能与地块和建筑的存在方式有关系。在日本,就算在东京这样的大都市中央盖房子,因为有覆盖率的要求,所以不能盖的地方就以小型景观的方式被保留下来。这个外部空间就变成建筑个性的一种。另一方面,小景观的边界和旁边的地块是连在一起的,建筑本身也不得不和周边环境扯上关系。这种漠然的空间就构成了街道整体,结果,建筑的独立性变得很暧昧。从这个意义上说,东京的街道也许就是景观性的。而建筑的个性包含在与周边环境的连续性的过渡中。在东京,想挑战这种连续性而突出个性的建筑最后也难逃淹没在景观强大的连续性中的命运。反过来在现有连续性中找关系,做出来的每栋建筑也还是维持了自己的个性。不过现在东京大多数房子不这样,可再怎么奇特最后也立即被同化了,还是丧失了个性,好似闹剧一般昙花一现。 西泽:城市如此,建筑亦如此。不觉得日本和其他国家很不一样吗? 石上:在“耀司”一案中感受到了。比如在“KAIT工房”等建筑整体里,纤细是很重要的元素。而做“耀司”的时候觉得不和纽约街道那种粗线条的气质对应上,空间就没法成立。 西泽:欧洲建筑的话,虽然说不好,也觉得建筑不用细细深入,也能大概成立。从强调动态的巴洛克式建筑开始,那就是根源,到柯布也是如此,建筑很粗鲁,也可说是激进。不说柯布,就算是最近极简主义那种干净的方形现代建筑也总会在某处透露出杂乱和激进。感觉这些都是日本现代建筑基本上不具有的。 换个话题。我去巴西看过奥斯卡·尼迈耶的建筑。我是他的粉丝了,当然肯定有一些偏向的成分,不过就是觉得好啊。也有几个说失败吧也不算,反正有点敷衍了事的房子,但就算包含这些也觉得好(笑)。把奥斯卡成功和不成功的作品集合在一起看,能感受到其壮阔和魅力。不单是活力和激情,而是把琐碎的东西放一放,要做大的那种气势。根据不同情况显得较为粗糙的建筑也好像在某处触及了建筑的根本啊。 向妹岛和世学到的东西 从妹岛和世女士那里受到了什么建筑方法上的影响呢? 石上:学到了很多东西,不过用语言很难直接表述啊。可以说学到了那种气质,或者说姿态吧。 西泽:是啊。 西泽先生怎么看? 西泽:我没在其他的事务所干过,所以在建筑方法层面上,不如说我还没受到妹岛老师之外的人的影响。不过我也觉得对建筑的感受那种东西确实是从妹岛老师那里学到的最主要的地方。 石上:我也是这样。 西泽:不仅是判别以前房子的好与坏,还有对于未来建筑导向性的价值观,我想那个才是关键。石上先生对此也有同感吧。 另外,看了石上先生的建筑以后,也觉得有和我们很不一样的地方。那些就是石上先生自己独创的部分,以及独立开业后发展的部分。像最近石上先生出的书、今年威尼斯双年展上在室内墙上的绘画,和我们是很不一样的。还有家具也是石上先生自己独创的世界。“KAIT工房”的椅子、还有米兰设计展上的椅子,那些形式是从哪里来的呢? 石上:哪里来的啊,和建筑是不是不同我自己也不太清楚呢(笑)。不过,椅子比建筑限制还多,挺难设计的。 西泽:对。几千年来椅子也都还是椅腿、坐面加靠背,想创新很难。石上先生真是在建筑和艺术之间游走呢。如果被问到是在做建筑还是艺术创作的话,你会怎么回答? 石上:我一直保持“做建筑”的意识。尽管这可能是因为把空间包含在了里面,但我也经常想在更广阔的范围内延伸自己思考的东西。作为艺术方面的展品只有“桌子”和“四角热气球”两个,不过都觉得和做建筑的设计条件不太一样,或者说是在通常不太可能的建筑条件下做的。 西泽:也可以说是必然的,我觉得我们都想做与自然有关的东西。我们现在觉得自然或者说必然的状态和上个世纪的人所认为的自然肯定不一样。在这个意义上,一旦接近自己觉得很自然的状态,也许就能做出接近自我创作中心的东西,而且建筑也呈现出一种代表当代价值观的姿态。 ……………………………………………………………………………………………………空间的可能—神奈川工科大学KAIT工房—石上纯也( forgemind.news)當許多建築師努力追求形體的極限及表現時,日本有位建築師試著在單純的玻璃盒當中找尋空間更多的可能性。神柰川工科大學(Kanagawa Institute of Technology,簡稱 KAIT)2008年春天落成啟用的KAIT工房,是由現年三十四歲的日本建築師石上純也(Junya Ishigami)所設計的校園建築。    
 
                                                       KAIT 工房夜間迷人的模樣    
 
                                                    很多人都會在第一眼就愛上她吧!石上純也曾經在妹島和世(Kazuyo Sejima)與西澤立衛共同主持的 SANNA 事務所工作過四年,之後於 2004年創設了自己的事務所,他也參與了一些與空間和傢具設計有關的藝術展覽,不過本案是他所完成的第一件建築設計,這樣一位年輕的建築師已經逐漸建立了他的名聲,2008年威尼斯建築雙年展的日本館就是由石上純也擔任策展人。    
 
                                           從某些角度,玻璃上的反射映照著周遭的景觀    
 
                                          望著她,你簡直弄不清自己在裡面還是外頭神柰川工科大學校園面積32英畝,已經創校四十年,之前的老舊建築都逐一被拆除改建新的建築,而 KAIT 工房位於校園中央,是最新的建築體之一,該工房主要提供學生一個創意的手工創作空間,走進裡面看不到區隔房間的牆面,整個通透的空間主要區分為十四個開放的區塊,空間配置包括木工間、機具間、灌模間、印刷間、管理間等。在这空间,学生从一系列的工程和当地社区协作训练,制作各种东西,从家具到机器人。     
 
                                              神柰川工科大學 KAIT工房空間配置圖建筑的结构好似要和地心引力对抗。KAIT工房建築總面積約為 1990 平方米,四面以10mm厚的玻璃包覆,結構由三百零五根細長的五米鋼柱支撐,這些鋼柱的位置捨棄傳統使用的矩陣排列方式,而是採取不規則分佈。地板是一个47 X 46米的混凝土板,比周围的沥青路面稍高一点。平屋顶开有线性的采光带,建筑的四面是无缝的玻璃。建筑就是如此简洁。建筑的内部不规则的出现家具,盆栽植物和人。功能多样,用于一般性的活动。對於一般人而言,KAIT工房可能只是個大大的玻璃盒加上散亂的柱位,然後塞了不同的空間配置罷了,但其實石上純也(Junya Ishigami)花了三年的時間在研究前述每個空間的用途、大小,仔細地排列每個柱子的位置,以手畫、CAD方式探討各種可能性,製作了超過一千個模型,所以在不知情的人眼中那些看似隨機放置的柱子,其實它們圍塑出來的兩百九十個四邊形都是建築師經過審慎思考探究的結果。曾經在結構大師 SASAKI 門下為 SANAA事務所做結構設計的結構工程師小西康隆(Yasutaka Konishi)解釋「由於柱子的複雜度極高,所以簡化結構系統是一件非常重要的事情」,因此,KAIT工房屋頂僅是常見的框架結構,但三百零五根柱子當中有四十二根作為壓力構件承受垂直載重,而其他兩百六十三根則作為拉力構件。每根柱子都是細扁的長方體,最薄的拉力構件剖面尺寸是16x145mm,最厚的壓力構件則是63x90mm,由於每根柱子的朝向都不一樣,依照人們所站立的位置,會看到不同粗細的柱寬。施工時,必須先將壓力構件就定位去承接屋頂的重量,然後將屋頂加壓去模擬下雪可能承受的重量,等到屋頂降到某個高度時,才將拉力構件從樑架往下與地面連結,最後讓整棟建築的每個結構順應著結構工程師的設計,微量變形達到其所預定的尺寸,甚至屋頂的洩水坡度都已經考量在內。為了模糊室內與戶外的空間界線,石上純也盡可能地移除了在玻璃牆面上的開口,僅保留了大門以及一些小小的通風口,雖然想毫無保留地將室外的風光「借入」室內,但因為結構的考量,四周的玻璃牆還是加裝了肋板幫助其穩定性,而或多或少地影響了視覺上的純粹性。石上純也所設計的KAIT工房可說是一座建築,但也可以將其視為景觀的延伸,結構的美在此轉化成為宛如樹林般的景致,我們可說,這是一件將「結構」最大化、「建築」最小化的優秀作品!相關圖片:    
 
                                       你可以說她是個玻璃盒,但她的結構絕對沒你想像那麼簡單    
 
 
 
 
                                                     樹影深深地透進了建築物    
 
                                  你可以說她是一種存在的不存在,或者...不存在的存在    
 
 
                                          互相借景,室內室外融為一體......    
 
                                       你能分辨哪些柱子是壓力構件,哪些是拉力構件嗎?    
 
        每根柱子都是細扁的長方體,最薄的拉力構件剖面尺寸是16x145mm,最厚的壓力構件則是63x90mm    
 
 
 
 
 
 
                                         來到這兒,你也會想坐下來,動手做點什麼東西吧!    
 
                                     間距較密的落柱,很自然地就扮演了隔牆的功能,將空間劃分開來    
 
                                                            誰說桌椅一定要跟牆、柱對齊?    
 
 
 
                                                         夜晚,她是一片發光的森林......    
 
 
 
        ……………………………………………………………………………………………………神奈川工科大学——由石上纯也引起的思考(转载小芋头博客)在之前的“小谈日本建筑”的日记中,我本无意吹捧石上纯也,只是想借此君来探讨中国建筑师和日本建筑师的处境和对待建筑的不同态度。原意是抛出一系列的问题,比如应该如何去研究设计,还有如何能够振兴未来的中国建筑等等,然后希望我们来进行思考。我的观点是,每个建筑师应该认真的看待自己的每一个作品,就算是一个小建筑也要抱着做出精品的决心。 很多朋友看了那篇文章,其中有很多对石上的作品很感兴趣,也有很多对其的批判和反感。今天,我在这里对神奈川工科大学的这个建筑做个稍微深入的分析,只是希望能够抛砖引玉。同时,在我的上篇文章中引用同事迈克的话有点夸大其词,尤其“少了一根房子可能就会倒”的确引起了不少的误会,而我主要的意思是石上纯也对结构的精度很高,有点一丝不苟的精神。我会在下个星期再向迈克讨教,看看他还有什么在结构上独特的分析。 神奈川工科大学希望建造一个类似于工作室的空间,好让各个学科的学生们有机会自发的做一些设计,同时也希望本地的一些年青人能够参与。针对这个比较灵活的设计大纲,石上纯也的理解是建筑里各个空间不需要严格的定义和约束,这样使用者能够自由的在建筑里选择自己需要的空间。他更想创造一个“模糊”的空间,探索相邻空间的联系,并且建筑里所有的空间能够相互连在一起。因此,石上纯也决定用极细的柱子来作为分隔空间的元素。    
 
        为了保证建筑的通透性,石上说他不想用常见的防震墙(小日本地震多),所以对那些细柱子的结构承载力的精度要求非常高。在达到最后设计成果之前,他做了很多模型来研究(据说有1000多个不同大小的),并不断发问 “柱子要多密”和“这些柱子的分布能够多大程度的创造开放,围合和联系空间”。他在草图上用点记录下每根柱子的位置,然后观察什么样子的空间存在于柱林之间。为了更精确的计算结构合理性,石上纯也工作室用特定为这个项目而写的CAD软件确定柱子的位置,并链接到Excel来实时的计算结构承载力(这里有当前流行的参数化设计理念在其中)。    
 
                                                                             平面草图 通过一系列的实验和推敲,最后得到了被实现的成品,由305根截面完全不一样的柱子组成。通过看似不随机的排列,却围合着,限定着不同的空间    
 
                                                                             柱子截面图     
 
                                                                          柱子截面放大图     
 
                                                                                      平面 石上纯也似乎不愿意去讨论如何最终得到305根看似随机分布的不一样的柱子,他更注重的是这次实验的过程,或者希望使用者自己去体会和经历他创造的空间,也希望他的建筑即能独体的存在,也能融合在周边环境,室内的家具,植物之中,并且消失掉。这个想法也被用在他设计的日本在2008年的威尼斯双年展展馆。    
 
                                                                                    剖面     
 
                                                                                 设计构思 从在这个设计中我们看到了对传统建筑结构的质疑,我们是否还需要规则的柱网?我们是否只是简单的依靠桁架,钢筋混凝土框架,或者其它我们已经熟悉的结构系统?我们是否能够创造出新的结构来挑战地球强加给我们的重力?石上纯也在东京当代艺术馆做的装置似乎将这些问题推向了高潮。这个充满了氦气的立方体气球虽然有一吨重,通过简单的空气浮力和重力的物理原理,能够静止的悬浮在艺术馆的大厅。    
 
                                                                                    立方体气球     
 
                                                                             立方体气球剖面 现代建筑发展至今已经快一百年了,尽管早期的大师们,比如密斯和柯布西耶留下不朽的作品,可是在二十一世纪的今天,我们对建筑的思考还只是停留在他们那个时代吗?《走向新建筑》是建筑师对那个时代的技术做出的反应,可是二十一世纪的今天,我们是不是应该去摸索新的建筑语言呢?Cecil Balmond可以用简单的X形金属片和链条就能堆筑起一个建筑,我们是不是应该更加努力的发掘新的构筑方式呢?    
 
                                                              Cecil Balmond's "H_edge" 石上纯也的案例只是对当前或者未来建筑可能性的一次实验,或者是成功的,也可能是失败的。但是我们应该正视的是,建筑不在是简单的手法和形式的拼凑,而是一种思考,因为建筑本身是我们人类智慧的结晶。……………………………………………………………………………………………………【补充一些照片】    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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